学校法人白梅学園

理事長より

理事長より

 

ご挨拶

 

chairman

 いま、世界が新型コロナウイルス感染症の恐怖に怯えています。わが国においては、感染者の数は、他国に比べて少ないとはいえ、深刻な状況が続いています。いったん落ち着いても第二波、第三波が来るとも言われています。

 

 白梅学園には大学院、大学、短期大学、高校、中学(中高一貫校)、幼稚園があります。そのすべてにおいて休業が続いています。各学校では、オンライン授業で教育の継続に努力しています。研究も継続しています。そして何よりも学園は、学生・生徒・園児の安全と命を守るべく努力しています。

 

 白梅学園は昭和17年(1942年)に東京家庭学園として創立されました。昭和17年と言えば、第二次世界大戦の最中です。創立者の一人である穂積重遠は、時の名高い民法学者でした。もう一人の小松謙介はメディア出身の「社会教育」の推進者でした。

 

 二人の創立者は戦時中にもかかわらず、いや、戦時中だからこそ、戦後の我が国の将来のために、「教育機関」を創立したのでした。

 

 白梅学園の建学の精神は「ヒューマニズム」です。創立時にこの言葉を用いたかどうかは別として、創立者の考えやその後の学園の歩みをみると、まさに命の尊重を核とするヒューマニズムの精神を大切にしてきた歴史の積み重ねでした。

 

 世界のリーダーの中には、現状を「新型コロナウイルスとの戦時下にある」と例える人もいます。確かに命を救う、命を守るためには緊急対応が必要となることがあります。そして、そうした厳しい経験の後には、社会全体が新たな価値観の構築に向かい、私たち一人ひとりの「行動の変容」が求められるのだろうと思います。

 

 白梅学園においても、現状の困難な状況にめげず、むしろこれを契機として学園の原点に思いを致し、これまでの学園の営みを総括して、変えるべきことを変えていく勇気と、変えてはならないことは変えずに受け入れる寛容さを持ちたいと思っています。

 

学校法人白梅学園

理事長 井原 徹

理事長プロフィール

1946年生まれ。

早稲田大学第一法学部卒業後、1969年早稲田大学に職員として入職。財務部長、早稲田大学理事・監査室長などを歴任後、定年退職。

2006年実践女子学園監事就任。総務部長兼内部監査室長、常務理事を経て2009年より実践女子学園理事長を務め、任期満了につき退職。

2019年より現職。

 

 

白梅学園について

成り立ちと歩み

 白梅学園は、太平洋戦争下の1942(昭和17)年に設立された東京家庭学園に始まります。設立の母体となった当時の社会教育協会の理事長、初代学園長は穂積重遠(元東大法学部長)、常務理事は小松謙助でした。女性の教養や、家庭における実際的技能を、科学性、社会性、芸術性を重視した理念や方法に基づき教育活動を展開してきました。


 1950年(昭和25年)白梅幼稚園設立、1953(昭和28)年には社会教育協会から独立して学校法人白梅学園を設立。小林宗作先生(「窓ぎわのトットちゃん」に登場するトモヱ学園長)が関わった厚生保母学園の事業を継承する形で白梅保母学園を設置しました。ついで1957(昭和32)年白梅学園短期大学を設立しました。


 以来、保育者養成校として全国へ保育士、幼稚園教諭を輩出し、「保育の白梅」として広く全国に名を馳せてきました。その後短期大学には専攻科、心理学科、教養科、福祉援助学科が設置されました。


 1963(昭和38)年に現在の地、小平市へ移転を開始、翌1964(昭和39)年には、白梅学園高等学校を設立します。さらに2005(平成17)年に白梅学園大学子ども学部を設立しました。翌2006(平成18)年に清修中学校を設立。現在は、大学院博士課程、修士課程から大学、短期大学、高等学校、中学、幼稚園を擁する総合学園として発展してきました。


 白梅学園は2022年に学園創立80周年を迎えます。

校風、建学の理念

 白梅学園の校風は、規模は小さくもなごやかで家庭的雰囲気がただよう学園です。すべての人に個性や才能、優れたものがそなわっていますが、それを発見し、伸ばす「ヒューマニズムの精神」が建学の理念です。キャンパスは玉川上水のほとり、緑あふれる武蔵野の地で、実り多い学園生活を過ごすことができます。

 

 白梅学園大学・短期大学では、学生が主体となって活動を展開する「白梅子育て広場」、東日本大震災支援活動、公開講座などの地域に開かれた取り組みも活発に行っています。


 白梅学園高等学校と清修中高一貫部は、地域に密着した女子校として着実に評価を高めています。白梅幼稚園は、「保育の白梅」の実践の場として見学者も多く、内外の注目を集めています。

 

 

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